「子なし夫婦でも、この先ずっと幸せでいられるのかな」
40代って、こういう不安がふいに出てくることありませんか。
普段は穏やかに暮らしてるのに、夜とか、ちょっと疲れてる日に限って。
周りは子どもの話が増えていくし、親のことや老後のことも現実味が出てくる。
でも同時に、私は今の暮らしが好き。
夫と二人の生活にも、ちゃんと満足してる。
その”好き”と”不安”が同居する感じ。
それが、子なし夫婦の40代のリアルなんじゃないかなって思います🙂
今日は、子なし夫婦の40代が感じる幸せと、寂しさ・老後不安との付き合い方を、きれいごとだけじゃなく、やさしく整理してみます。
40代になると増える「誰かの当たり前」とのズレ
私たちが育った時代って、「結婚して、子どもがいて、家庭を築く」が”当たり前”として語られやすかった気がします。
だからこそ、子どもがいないと心のどこかで「これで大丈夫?」って確認したくなる日がある。
でも、家族の形も生き方も、本当はいろいろ。
”当たり前”に合わせられない自分を責めなくていいと思うんです。
子なし夫婦の幸せは「大きいイベント」より”日常の粒”にある
子なし夫婦の幸せって、派手じゃない。
でも、ちゃんとあたたかい。
1)二人だけのリズムで暮らせる
朝のコーヒー。
夜の「今日どうだった?」
週末にふらっと出かける自由。
こういう”小さな日常”って、積み重なるほど効いてくるんだよね。
2)自分を回復させる余白が残る
子どもがいない分、時間が余るというより「自分を整える余白が残る」って感じ。
休む・整える・好きなことをする。
この余白があるだけで、気持ちが立て直しやすい日が増える気がします。
3)幸せは「子どもの有無」だけで決まらない
これ、言葉にするのむずかしいけど…”子どもがいる=幸せ”って単純な話でもない。
子どもがいてもいなくても、悩みはあるし、幸せの形もそれぞれ。
だから私は、こう思うようにしました。
「今の私の幸せは、ここにある」って。
でも正直、刺さる日もある(寂しさ・周りの言葉・老後)
幸せはある。
ほんとにある。
でも、寂しさがゼロになるわけじゃない。
ここは、きれいごとだけで終わらせたくない部分です。
寂しさが来る瞬間
- 友達の子どもの話が続いたとき
- 家族連れを見たとき
- 親の背中が小さく見えたとき
「もし子どもがいたら」って考える瞬間も、たぶんある。
でもね、私は最近こう思ってます。
寂しさって、”欠けている証拠”じゃなくて、人生を大事にしてるから出てくる感情なんじゃないかなって。
周りの言葉がしんどい日
「子どもは?」「まだ?」「孫の顔が見たい」
悪気がないのは分かる。
分かるけど、疲れる。
そのたび説明しなくていい。
自分を守るために、ふんわり流してOKです。
老後の不安が現実になってくる
40代って、ここが一番ドンと来る人も多いと思う。
「もし夫婦どちらかが病気になったら?」「最後、頼れるのは誰?」って。
この不安は、”考えすぎ”じゃなくてちゃんと現実を見始めた証拠だと思います。
40代からの「自分らしい暮らし方」は、夫婦で整えれば大丈夫
不安をゼロにするのは難しいけど、不安を”小さくする暮らし”は作れる。
私のおすすめはこの3つ👇
1)年1回でいいから「未来のすり合わせ」をする
重い話じゃなくてOK。
- 5年後、どんな暮らしが理想?
- お金、何が不安?
- 体調崩したらどうする?
”話せる夫婦”って、それだけで強い。
2)老後不安は「気持ち」から「設計」に落とす
不安って、ぼんやりしてるほど大きくなる。
まずはこれだけでOK👇
- 毎月の固定費、ざっくり把握
- 貯蓄の現状を確認
- 住まいをどうしたいか(賃貸?持ち家?住み替え?)
3)夫婦の外に”ゆるい繋がり”を持つ
友達、趣味、近所、オンラインでも。
夫婦だけの世界にしないのが、じわっと効く。
周りの言葉に疲れた時の”返し方テンプレ”
使えそうなやつ置いとくね🫶(そのまま言ってOK)
- 「今の暮らしが落ち着いてて、二人で楽しんでます😊」
- 「それぞれの形があるよね~」
- 「いまはこの暮らしが合ってるんです」
- (しんどい時は)「うんうん、ありがとう」で終了
説明しない自由、持ってていい。
まとめ|こなし夫婦の幸せは「静かに育つ」
子どもがいる人生も素晴らしい。
子どもがいない人生も素晴らしい。
40代の子なし夫婦には、子なし夫婦の豊かさがある。
そして、寂しさや不安がある日もふくめて、ちゃんと人生。
誰かの物差しじゃなくて、私たちが心地いい暮らしを、これから育てていこう🙂

